絶賛、充電中。

KAT-TUNがまるごと好きなひと。

なかまるゆういちの話。

中丸は「いい人そう」「好青年」とよく言われてる。

それはまったく違う。中丸はめんどくさい。

癖が強めのKAT-TUNの中で、唯一 人畜無害そうに見えるけど、実は一番癖が強い。帝王。他のメンバーに「やれやれ…爺ちゃんはまったくもう…」みたいな顔されてる。


中丸は、メリットがあるかないかで物事を考える。バンジージャンプは絶対嫌だし俺にメリットない、だから例え「中丸が飛ぶ」という企画だとしても絶対にやらない。頑固者。


コンサートでファンサービスはあんまりしない。そのくせに、バスタオルは狙い投げする。違う人がキャッチしようとすると、「君じゃない」というジェスチャーをする。こわい。めんどくさい。こわい。


中丸はヒューマンビートボックスが得意。

KAT-TUNのコンサートでは一時期、中丸がボイパをするコーナーが長々とあった。皆に尺が長いと言われてた。すると演出を付けて飽きないように工夫してきた。そういうとこが信頼できる。

ファンが良かれと思ってボイパに合わせて手拍子すると、「リズム狂うんでやめてもらえますか?」と言ってくる。

中丸はファンに辛辣なこと言ってくるとこが、綾小路きみまろみたいだなとたまに思う。


KAT-TUNで可愛いのは実はかめと上田。

中丸は可愛くない。でもたまにクアッカワラビー

ジャニーズらしくいようと無理をしていた時代にピアスを開けた。穴がまだ塞がってなくて、たまに雑誌で付けて、ファンをざわつかせる。


手先が器用でフルーツカットがめちゃくちゃうまい。

ダンスがうまくてレーザーの使い手。

演出とかを考えるのも上手くて、一人舞台は本当におもしろい。

ツアー期間は、毎週のように土曜に地方でコンサートやって 日曜の朝は東京でシューイチをやって、また地方に戻って日曜の公演をやる。めちゃくちゃハード。


シューイチをやっているから、色んなスキャンダルでコメントを話すことがある。

中丸は、厳しいことも言うけど、その人のファンと その人本人を傷つけることは絶対に言わない。だからよくその人のファンに「中丸くんが良いこと言ってくれていた」と感謝されている。

聖が逮捕されたときは「俺が知ってる限りそんなことする人じゃない」って言ってファンを泣かせていた。


中丸はわりと泣く。

デビューコンサートで号泣し、10周年でKAT-TUNが充電期間に入るときも号泣してた。泣きすぎててしょうがないから、末っ子のかめに腕を引っ張られながら歩いてた。

ちなみに充電明けの東京ドームでは嬉しさが溢れて浮かれまくってた。

なんだかんだ中丸はちょっと可愛い。


おしまい。

なんとなく突然、亀梨和也の話。

「俺は亀梨和也」のスイッチを入れて人前に立つ、かっこつけ。だから、よく誤解される。

ほんとは、スイッチを入れなきゃ人前に出れない、緊張しい。手のひらに「人」って書いて自分を落ち着かせてて、緊張してる時はよく体が震えちゃってる。かっこつけて隠してる。

ずーっと昔、折れそうなくらい細かった頃から、ちっちゃい手で色んなことを抱えて、色んなことを背負わされてる。

KAT-TUNでいる時だけ、末っ子。ただの「かめちゃん」になる。

話は長くてつまらない。擬音が多い。

下町育ちのド真面目な野球少年。


KAT-TUNでデビューするより前に「修二と彰」としてデビューしたから、KAT-TUNの15周年を迎えるよりも早く、修二と彰の15周年を迎えた。コンサートもアルバムも準備してた。それを無くしたコロナとガキの罪は大きい。

KAT-TUNの15周年はどうか無事に出来ますように。本当に本当に色んなことがあったけど。何も知らん奴らに色んなこと言われてきたけど。ファンがその時その時の「KAT-TUN」にガッカリさせられることは1つもなかった。

何かあったときにいつも言葉を求められてしまうかめが、ぷるぷる震えながら真摯に話す姿を見るたびに、絶対幸せになりますようにと思う。


TravisJapanを好きになったおかげでこんな夏も幸せになった話。

いわゆる「沼落ちブログ」を書きたいなって最近ずっと思ってた。


現在27歳のわたしが、Jr.を好きになったのはたぶん中学一年生の時。

すでにKAT-TUNのファンだったのだけど、友達が「裕翔くんかわいいんだよ」と言っていて、一緒に本屋に雑誌を見に行ったりしたのが始まりかな。

もう縁が切れてしまったお友達。


少クラ見たり、YouTubeで過去漁ったり。(ニカ千のあなたにお手紙書きましょうとか何回見たか、、)

日曜はYa-Ya-yahの最後のライブコーナーだけ録画して、終わったらすぐ電話して、友達がうちに来て一緒にリピるのがお決まりだった。

Mステとかはバックが付いてるのが分かった瞬間録画ボタン押してた。(当時は録画予約なんてないしビデオに録ってた懐かしい)


浅香が大好きだったんだけど、ちびジュまでほぼ全員覚えた。

龍太郎と山田と裕翔が真ん中。大我とか慎太郎も入ってきて、スノの一番の原型グループがまだ無所だった頃。大久保くんや真田とかもいて、「チーム中2」とか呼ばれてた頃。キスマイにはきょんがいたけど、わたしが好きになった丁度その頃にいなくなった。


浅香の誕生日が当たりますように!って何回も神社にお願いしに行って、なんとか行けたメリディアンの大冒険。

武道館のあけおめコン。代々木の大運動会。

コンサートで何回も歌われるフィーバーとフューチャー。マルイチカラHo!サマー。

そんな時代。


さとしゅんにファンサ祭りされて落ちて

駿って団扇を作って行った横アリ。

さとしゅんはなぜか不在で。わたしが入らなかった2部で、へいせいじゃんぷが発表された。

ヤーもJ.J.も解体なの?どーいうこと?って、そんな時代。


それまで学校にしか友達いなかったけど、おたく繋がりで知り合う友達も増えて。今でも何人か普通に繋がってて、本当この時期Jr.好きでよかった。。


高校生になった頃に少しずつJr.から離れて

でもキスマイはずっと好きだった。担当はニカちゃん。

逢えるdeShow2ndで初めての遠征。(当時高3かな)

デビュー発表の場にいたい!とずっと思ってたくさんツアー回ってて、ついに来た3rdの代々木。伝説の茶封筒でデビュー発表されたあの日は、今でも本当に大切な思い出。


専門入って、そこでキスマイから離れて、「KAT-TUNのツアーだけは毎年欠かさない」みたいなスタンスが続いたまま社会人に。


26歳で一人暮らしを始める。

また少クラ見るようになったし、「あんなに小さかったあの子たち」がSixTONESとして大活躍してて、ストを見るようになって、横アリも行って。

少クラのチラリズムでみじゅきにハマる。

いや年下かわいいぞー???ってなってくる。


じわじわ。じわじわ。


でもトラジャはわりと早送りの対象。沼だとも思ってない。


「たのしい年」「特別な年」だと思っていた2020年は、コロナのせいでどんどん何もできなくなって、とうとう仕事もほぼ休みになった、4月中旬。

初めは懐かしいドラマ見たり、愛の不時着にハマりまくったりしてて、「ストのYouTubeでも制覇するかー」と思ってJr.チャンネルを漁り始める。

そして、512日。トラジャの鬼ごっこ回を見る。たのしい。513日の履歴には、もうすでにトラtube5個以上見てた。


いや、ここだわ、わたしの沼落ちのターニングポイント。笑


とりあえずなんとなくの基礎知識で「松松がかわいい」は知ってた。入所早い子はチビ時代も知ってたり、他も顔と名前はほぼ一致してた。

そこから色々、おたくのブログとかも見て

トラジャの歴史とかも知っていく。(みゅーととかチビジュの時結構好きだった、、)

みんな若いし、平均身長ちっちゃくてびびる。(現実でも芸能人でも圧倒的に長身の年上が好きな人生だった)

そっか、カイト3人いるのか。名前も年も高校も一緒とか怖すぎんか。

ちゃかが「絶対的センター」「いろいろ背負いすぎ」とか言われてることが多くて、うわそんなのめっちゃ好きなやつと思い始める。(かめなしかずやに幸せになってもらいたいきもちに似ている)


毎日トラtubeを見て過ごす。最初は楽しそうなの選んで見てたけど、わりとすぐに「全制覇しよう」と上から見て行ってた。時間はたっぷりあった。


520日、ROTの屋良トラ回を見る。

しんどい。

厳しいこと言われた後にインタビューされてるちゃかが、涙こらえながら、「ってゆう」って声震わせたとき、あぁこれもうやばいわ と思った。沼だし、わたしはこの沼に落ちてると察する。

まつ毛なげぇし………なんなの……


わたし好きになったら愛が重いタイプだから

こんなんまじでトラジャ本気で応援しちゃうやつだな、と思った。


522日、素顔4をポチる。(高額だったけど躊躇いはほぼなかった)


527日、トラtubeを全部見終わる。当時のその数、126本。笑

最後の最後で、エンディング曲作る回がおもしろすぎて何回も見る。笑

しめも元太もてんさいなの???

ちなみにYouTubeはコメ欄のオタクの推しポイントを見ながら復習していくのが好きだった。わたしの沼落ちを確実に後押ししてたよオタクたちのコメント

トラジャは誰のことも否定しないし貶さなくて、平和なところがすごい好きだなと思った。

ちゃかの沼回もあったし(告白できないよ、嫌われてたら嫌じゃん のやつ)

いやでも うみんちゅの顔ちっちゃいね?スタイル良いね?着てるお洋服かわいいね?顔がいいね?と揺れ出していたこの時期。たぶん。

ISLAND TVとかも見始めたよ。


緊急事態宣言中のわたし、ほんっとにトラtubeのおかげで人生楽しめてたあと愛の不時着ね永遠にロス。


530日。素顔4が届く。

本編見るの怖くて8.8と横アリのドキュメントから見る。ぶっ通しで見ても全然飽きない。


531日。本編を「これを見たらまじで終わる」と思って緊張しながら再生。

結果、まじで終わった。

何回でもリピれる。


ねぇTravis幼稚園Japanとか言われてるけどさ、あのひとたちほんとうにプロのジャニーズ集団すぎない?あんなに周りの人を思いやれるひとたち、幼稚園とかじゃないよめっちゃ大人だよびっくりするくらい出来た人間たちだよ……


62日。素顔のJr.盤も買って、8.8のドキュメントを見る。

開演する瞬間とか、グループごとに登場してキャーッて歓声浴びて階段おりていくのとか、初めから泣きそうになる。ほらね愛重くなるって言ったじゃん???

そしてスノストのデビュー発表。

裏で泣くげんげん。感情読み取れない表情で、ストにおめでとうを言いにいくうみ。

ドキュメントの最後、のえるが「一生忘れないと思う。あははは!これからも頑張ります」って言って勇気100%が流れて、あほほど泣いた。

勇気100%で泣くとかこの先の人生でそんなことある????

がっかりしてめーそめそしてどうしたんだい

太陽みたいに笑う君はどこだい😭😭😭

この歌詞がそんな響くことある????


好きになると、応援すると、すーぐ「幸あれ」ってなっちゃう。


そしてサマパラ。ソロ公演。


初めはうみと宮近しか見るつもりなかったけど、見たいものが増えていき、1人目ののえるの評判が良すぎて18時を購入。

そこから、結局全員見ていくことにした。(げんげんはまだちゃんと見れてないけど)

結果、本当に楽しい夏になった。


のえるのアンダルシアがすごく良くて、ほんとこの人社歌が似合うな……という感想。最後にひとりひとりにメッセージを話していて、ちゃかに「誰が何と言おうと、リーダーです」って言ったその時から、ずーっとぼろぼろ泣いてしまった。


うみパラは、もう何日も前からこっちがドキドキしてた。どんな感じになるんだろう、緊張してるんだろうなぁ、って思ってて。いざ幕が開いたら、12時は緊張してたけど、15時にはもうリラックスしてた。「大変ですよねぇー髪の毛って」とか言ってた。。なんなの。


もうほんと、思っていた以上に、わたしの好きなことをする人だった、うみ。

まず1曲目のあざといワンカメから可愛すぎて地獄か?ってなった。ほんと何回も「カワイイ!」「ああああ!」って悶えながら見てた。どんだけテーブルをどんどこ叩いたことか、、、笑

ニートまんやるとこがほんっと天才、と思ったらcareやって本当に本当に何この子?てんさい?って混乱。好きすぎんか。

「ファンをステージに上げる演出」を無観客の配信でやるとこも、大正解すぎた。えらい。そしてあざとい。好き。

最後の挨拶が毎回ふわっふわで、そんなとこも、とことんうみらしかった。


しめちゃんは、ひたすら可愛かった。ぴょんぴょこしてるしめ可愛すぎん??koi-wazuraiとか可愛すぎてたよね???

わたしが見た回にちょうどちゃかうみげんが見学来てて騒がしすぎたのも愛だった

最後に「絶対デビューしようね!」って言っててまたしても泣く。


閑也は急いで仕事上がって18時を見たんだけど、最後「ほんとに7人で」って声震わせて、泣きながら「いつも支えられてばっかだけど」って話してて。いやいやいや閑也だって周りのみんなのこと支えてるよおぉぉぉ……って泣いた。ねぇまじ毎回泣かせてくるとらびすじゃぱん。涙腺弱アラサー女だからやめてくれ。


まつくは、めちゃくちゃ「まつくの良いところ」と「ファンが求めてること」と「まつくのやりたいこと」をしっかり詰め込んでて、うわぁとらじすじゃぱん全員信用できるわ……ってなった。急に側転するのまじ笑った。「やらない後悔よりやる後悔!」って言って側転して「つかれた、やらなきゃよかった」って言ってるのほんと笑う。


最終日、ちゃか。終わっちゃうっていう寂しさと、最後のTogetherNowは絶対みんな出てくるよね?っていう期待。

結局3公演全部見てしまった。

12時公演、なんか分からないけど、To my homiesの演出が尊すぎて泣いた。好きだなぁーーってじんわり思って涙出てきた。おたくあるある、愛し泣き。うみが自分が描いた絵をモニターに出した演出とかも泣いたし、なんていうか、みんなソロコンなのに、あくまでとらびすじゃぱんありきで。メンバーを感じる演出が絶対入ってて。好きすぎるよね、そんなの。

そのあとの「間違っちゃいない」もボロ泣き。「光れない馴染めない なぜ同じ様に生きれないの 予定詰まった カバン捨てて帰ろうかな」でボロッボロ。喋ると激ふざけてるとこも好きすぎるんだよなぁ、やっぱり。


最後の最後で、7人が揃ったとき、あーーこの7人を好きになれてよかったなぁとしみじみ思った。


ちなみに、のえパラとうみパラの間の深夜、トラミヤビもあった。まじで供給が多すぎる……

トラミヤビも大好きなところが詰まっていて、唸りながら見て、ほんと心臓がたらない週末だった。

そして、とらびすじゃぱん、試されてるなぁと思う。トラミヤビもそうだし、ソロでサマパラやったことも。そういう時期なんだろうなぁ。それに期待以上に応えてるんじゃないかなってファンは思うんだけど。

本当にこの先の道が幸せでありますようにって、祈るばかり。


わたしはたぐちが脱退した時点で「担当」っていう概念消えてるし(たぐちに対してもうっすらしかなかったけど)

紫の服着てKAT-TUNコン行くようになっても、中丸担を名乗ったことはない。たぶん。

今も、うみ担に下りたとかそういうのではないと思ってる。ただ、うみの沼に落ちた。笑

ほんとにさ、ハマり始めた時から恐れていたけど、わたしは愛が重いし一度好きになると長い間好きなので。この先、とらびすじゃぱんのオタクとして生きていくことになるんだなと思ってる。

まさか今更年下にこんなハマると思わなかったよ


っていう話でした。


はるまくんの話。

今日は、春馬くんのことを書きたい。


7月18日、土曜日。電車で帰ってて、最寄駅に着く頃。

友だちからの「三浦春馬マジ…」のLINE。

なに?音楽の日出てたっけ、かっこよかったって話?いや、スキャンダル…?と思ってツイッターを開いた。

検索するより先に、トレンドに載ってて、知ってしまった。


死亡。自殺。首吊り。


え。


携帯持つ手が勝手に震えた。自分めっちゃ震えてんな、と思いながら、駅でしばらく立ちすくんだ。

イヤフォンで聴いてた音楽、聴きたくなくなって、停止して無音のままとりあえず家まで歩いた。


待って、待って。意味がわからない。


春馬くんのこと、中学生の時から好きだった。

握手会とか行くくらい好きだった。

好きな芸能人を聞かれたら三浦春馬って答えてたくらい好きだった。(今でも、ジャニオタ隠してるしバンドマンは理解を得られないの分かってるから、初対面の人に「好きなタイプは?芸能人だと?」って聞かれると三浦春馬って言ってる。昔の熱量ではないかもしれないけど、それでも春馬くんのドラマは春馬くんが出てるからっていう理由で見たりしてた。)


春馬くんのこと考えると、縁が切れてしまった友達のことを思い出す。あの子に連絡したくて仕方がなくなった。ねぇ、はるまくんが死んじゃったよ。意味がわからないよ。


9月から連ドラが決まっていた。

ごくせんぶりにW三浦が共演するって知って楽しみにしてた。

前日も撮影していたらしい。

朝になって撮影場所に現れなかったらしい。


家に着いてから、音楽の日を見てた。

こんなタイミングで、flumpoolが歌ったのは「君に届け」だった。

途中、夕方の短いニュースで、はるまくんのことが出た。

いつもより早く、実家に向かった。

お母さんはやっぱり、「知ってる…?」って聞いてきた。「知ってる、びっくりすぎる」って答えた。

城田優がキセキを歌った。泣きそうな目を見て、春馬くんと仲良かったもんな、と思ってたら、「最後の1秒まで」でとうとう泣いた。

実家のリビングだから堪えた。家帰って録画見て泣いた。

太陽のツイートを見て泣いた。太陽とほんと仲よかったもんね。

1日経っても全然悲しくて、光のブログ見て泣いた。

来週だってMステに出るはずで、楽しみにしてたのになぁ。


いっぱい、春馬くんのことを思い返している。

色んなことを思い出す。

写真集を見ようとしたら、無かった。引越しの時捨てたんだったか。2冊とも。残しておけばよかった。メルカリ見たら値上がりが凄くて、複雑な気持ちになった。


昔書いてたレポ帳を見たら、懐かしくて仕方がなかった。


わたしが春馬くんを好きになったのは、

2006年11月15日。14歳の母に出てた頃。

通ってた高校が近所で、太陽と歩いてる春馬くんを見かけた。

寒いのに棒アイスを食べてた。

友達と、「14歳の母三浦春馬だ!」って気付いて、かっこいいー!って好きになった。コンビニ行ったら、多分食べてたアイスを見つけた。北海道バニラバー62円。安い!かわいい!って笑った記憶がある。


その後も何度か見かけたことがあった。

駅のホームで声をかけたこともあった。

「恋空見ます」に対して「見ます〜?」って笑ってたのが可愛かった。背が高いから、話を聞く時に顔を近付けてくれるのが好きだった。黒目が可愛く動くのが好きだった。笑い方が好きだった。


卒業間近の頃も握手してもらった。少ししつこかったと思うのに、ずっとニコニコしてくれていた。

友達と喧嘩した時、仲直りのきっかけは「恋空見に行こうよ」だった。確かその日の内に見に行った。映画、人気だったから席が離れちゃったんだけど、友達の横の通路に移動して通路で見た。(今思うと謎すぎる笑)

握手会にも行った。頭なでてもらったって書いてあったけど、よく覚えてない。写真集2冊持ってるから、1stの時と2ndの時の2回行ったんだと思う。

ごくせんもブラッディマンデイも楽しみに見てた。お正月にやってた夢叶えるやつに出てた春馬くんが超好きだった。

学園祭のトークショーは始発で行ったのに整理券が取れなかった。出待ちがたくさんいて、座ってマナー良く皆で待ってたらニコニコしながらこっちまで来て挨拶してくれた。そういうところも好きだった。

年末のハンサムなんちゃらもチケ取れなかったけど出待ちに行った。この頃はるたけ売りが多くて、はるたけも好きだった。

初めての舞台かな、星の大地に降る涙も見に行った。2階席で遠かったけど、春馬くんの歌が上手でびっくりした。

アミューズのAct AgainstAIDSも何回か観に行った。最後に行ったとき、春馬くんが司会レベルに活躍しててびっくりした。凄い人になったなぁと思った。


ツイッターで、自分のIDと「春馬くん」で検索すると、いっぱい出てくる。何年も、年に何度か、春馬くんの話をしている。

あぁ、わたしめちゃくちゃ春馬くん好きだな。


今日仕事行って、朝から上司が春馬くんの話題を話してて。「わたし中学と高校のときすっごい好きだったんですよ」って話しながら、ちょっと涙が滲んだ。

何回も何回も、春馬くんのことを考えてる。


思い返してたら、思い出したことがある。

何かのイベントの時。去り際に「君に届け出演おめでとう!」みたいなこと言われて、春馬くんが少し暗い顔で「人気のキャラクターだし、違うって言われるかもしれないけど、原作ファンの方に少しでも認めてもらえるように頑張ります」みたいなことを言ってた。

ほんとうろ覚えだけど。

その頃実写化のお仕事ばっかりで、わたしは「また実写化やらされるのか。原作ファンに色々言われるのやだな」と思ってた。

春馬くん、めっちゃ風早くん似合うのに。

プレッシャーすごいんだろうな、がんばれ、がんばれ、って思った記憶がある。

色々見てたら、これ、多分ハルマコレクションとかいうイベント。生誕祭?かな?最後に薔薇をもらった記憶がある。なんだっけ。忘れちゃうものだね。


いっぱい思い返してる。


詮索はしたくない。余計な憶測もしたくない。

でも、考える。

なんで死んじゃったんだろう。

初めて自殺を考えたわけではないんだろうな。何回も思い立ったことがあったんだろうな。初めて突発的に思い立ってやってしまうような人ではないって知ってる、気がする。何回も思いとどまって、思いとどまって、それで、本当に実行してしまったんだろうな、と思う。


なんで死んじゃったんだろう。

芸能界なんてやめたっていい。生きててくれるならよかったよ。死ぬなんて、一番悲しいことだよ。

でも、芸能界やめたって追いかけられてしまうだろうし、余計なことが耳に入ってきてしまうだろうし、

それでも死んでなんてほしくなかったよ。


1日経っても2日経ってもツイッターのトレンドの1番上にこのニュースがあった。

今日のLINEニュースは「舞台の代役探しに難航」「ドラマはお蔵入りか」

自分が今いなくなったら色んなところに影響するって考えないわけがないと思う。それでも死ぬことを選んだ、そんなにつらかったんだ。それでも死んでほしくなかった。

生きててほしかった。

全然信じられない。

理由のひとつ、きっかけのひとつに、コロナもあったのかなぁ。コロナなんてなければってまた思う。

2020年ほんと嫌なことがいっぱい起きる。


話がまとまらなくなってきた。


嘘であればいいのにな。

でももうこれは事実なんだよな。

死ぬなんて思いもしなかった。

春馬くんのこと好きだったこととセットで色んな思い出もあった。


本当に本当に、ご冥福をお祈りします。




あの子と縁が切れてしまったの悲しいな。こういう時、一番に話したくなるんだよ、いまだに。スノストがデビューした時も思ったけどさ。連絡したいけど連絡先を知らない。

はるまくんがいなくなっちゃったよ。話したいね。


充電が!!!!明けたよ!!!!

充電期間に入った時に書いたブログを読み返した。自分の文なのに引き込まれて、じっくり読んでしまった。あの時本当に感情が溢れていて、自分の文章能力を越えるくらい書きたいことがすらすら出てきた。あの頃のオタクのブログ、名作ばっかりだよなあ。


充電期間が明けた今、私の感情はただただ「うれしい!!!!!」「さいこう!!!!!!」「たのしみ!!!!!!」の3つに支配されている。語彙力、消滅。


だってまぁ、めっちゃ匂わせてたしあの人たち!

その上「重大発表」とか言っちゃってさ!


充電が明けた瞬間を、私は運良く東京ドームで見ることができた。(出る予定のない中丸名義なのに当たったから、いやこれ出るんだろうな…と尚更思った)


カウントダウンの頃かな?かめがメインステにいる時、なんかちょっとそわそわしてる気がした。なんとなく「そろそろ重大発表…?やっぱりKAT-TUNなのか…?」と思った。

実は、カウコンでの発表は何だかなぁ とか思ってた。友達ともそんな話をしていた。だってその場にいられないKAT-TUN担も多いし。他担ばかりの場所だし。カウコンのコンテンツの1つじゃなくてもっと格好良く…とか、そんなこと。

でも、NEWSの15周年メドレーが終わって、「充電期間」っていうワードが出たその途端に、私はめっっっちゃくちゃに喜んでいた。喜び飛び跳ね、隣のおば様に銃ペンラをぶつけてしまった。(即謝った)


とめどなく口から出てくる、怒涛の「やばい」「むり」

やばいやばいやばいやばいやばいむりえっかっこいいやばいむりむりむりむりむりかっこいい


リアフェ歌いながら超かっこよく登場するしもう超KAT-TUNだし。新曲披露し始めるしもう何何。花道歩いて手交差するとことかかっこよすぎてまじKAT-TUN

「活動再開します!ありがとうみんなー!」とかお祝いモードにするんじゃなくて、最初っから超KAT-TUNでいてくれたことが嬉しかった。それでこそKAT-TUN。炎上がってたし。最高。花丸。KAT-TUN

歌ったあと、放送はCMになって、その間にメインステに戻ってゆるゆるボイパしながら「オチはなーい」って捌けていくKAT-TUNも超KAT-TUNだった。1年8ヶ月の穴とかどこにあるの?????ないね????のっけから東京ドームは俺らのホーム。


その後も3人でまとまって行動してて、放送終了後の挨拶の時もKAT-TUNの番が回ってくるのが最後だったから最後までステージにいた。

重大発表の前まではかめの隣にいたやまぴーが急に一人になってて、少し切なかった。やまぴー本当感謝してる……充電期間において亀と山Pはほんと重要だったし最高な思い出だった……いつ見ても顔が良すぎる上に平和な二人………KAT-TUNが活動再開したっていつでも何かやって良いんだよ待ってるよ…


終わって規制待ちしてる時、隣のおば様に改めて謝ると、笑顔で「いいのよ!KAT-TUNよかったですね!」と言ってくれた。良い人すぎる、ジャニオタ………。

この発表方法を終えた今になって思うと、他担にも全国のハイフンにも一般の皆にも見てもらえるこの場所での発表でよかったなと思った。うん。3人並んだ最初の姿を「東京ドームに立つ姿」にするのは、この方法だけだった気もするし。家帰ってTL見たら、オタじゃない同級生とかも「KAT-TUN待ってたよ!」「泣きそう!」とか呟いてて笑った。オタクとしてはKAT-TUNが解散する心配とかまったくしてないし楽しい充電生活を送れたので「待ってたよ!泣けるぅ!」みたいな感情にはなっていない。とにかく元旦に、KAT-TUNの文字が溢れかえっていておめでたかった。


ほんとはね、勝手に思い描いていた発表の仕方があった。

全国の街頭ビジョンに突如現れる、充電マークと、記された日時。日にちはきっと3.22。カウントダウンするかのように、少しずつ充電が100%に近づいていく。あっという間に察して、全国各地の街頭ビジョン前には大勢のハイフンが集まっていく。とうとうその時間が来て、黒背景に白文字で「10.9.8.7...」のカウントダウン。そして、KAT-TUN活動再開の発表。

(ちなみに私は渋谷スクランブル交差点の街頭ビジョンに集まるオタクの一人でありたい)


とか。こんな妄想ができるくらい、復活を当たり前に信じられた充電期間だったんだなあ。


全員が主演ドラマ。全員が主題歌担当。ソロで音楽番組。出演番組の増加、ゴールデンの司会。ソロコン、ソロ舞台。

「有言実行 絶対でっかくなって帰ってくる」が叶いすぎていて。

「不安にさせることもあると思う」とか言ってたけどまっっっったく不安にならなかった。本当にすごいグループを好きなんだな、私たち。


東京ドームにまた集まれる。

幸せ。


結局いつも、「KAT-TUNを好きでよかったー!」と思う。

間違いない。こんな格好良いグループない。

「好きなバンドマンに目の前で弾き語りしてもらう」が叶った日。

私には、好きなバンドマンがいる。

KAT-TUNとは別枠で、もう8年も大好きな人だ。


高校生の頃、TSUTAYAの邦ロックコーナーで出会った。ジャケットと曲名が良いなと思って視聴して、一目惚れならぬ一耳惚れだった。「あ、これ好きなやつだ!」と思った。全部の曲が好きだったから、間違いないと思った。

それからはアルバム全部ウォークマンに入れて、通学中にずっと聴いてた。先輩に片思いしてた時は、初恋のオマケ→声→ユキノミチをいつも聴いてて、しゃべったこともない先輩を想って勝手にすごい切なくなってた。


高校生の頃は、コンサートにしか行ってなかった。KAT-TUNとキスマイで遠征するくせに、大好きなバンドは「曲が好きなだけだし」と思ってライブには行っていなかった。


進学して、初めてライブに行った。

それまではボーカルの見た目なんて、アー写で見たことあるっていうくらいだった。

ライブで見て驚いた。


めっっっっっっっちゃ好きな見た目してる、、、、


背が高くて細身で、カーディガンとゆるいパンツを着こなして、関西弁で毒舌で、なのにその人が作る歌はすごく優しくて、歌声が切なくて。

おまけに顔面がヤマピーに似ている。日陰で育ったヤマピーって感じ。決して顔ファンではないのだ……あの顔じゃなくても好きだったんだから………でももうあの顔がずるすぎてる。本音。


そこからライブが欠かせなくなって、東京でやるライブは全部行って。物販で喋れる機会もあったり、サインもらったり。常連すぎてるから顔覚えてくれてるかなって思いつつ、「また来てくれたんだね」なんてアイドルみたいなこと言ってくれる人ではなくて。


遠征も増えていって、この前も大阪に行ったんだ。そのバンドマンはバンドとしてではなくソロでよく弾き語りをしていて、それを見に行った。

チケットは予約するだけで現地払い。開場前に整理番号を配布されるのだけど、私は時間を5分過ぎた頃に行って、36番だった。「もうちょっとちゃんと早く行けばよかったかなー」なんて思いながらも、近くで見れることなんてたくさんあるし、ゆるっとした気持ちだった。


会場に入って、最初は6列目あたりに座ったのだけど、最前列に空席があるのを見つけた。ここまではよくある。「最前列は気まずい」という、アイドル現場ではありえないファン思考でよく最前が空く。そこに、一人参戦のわたしはスッと座る。

今回も「ラッキー」と思って最前に行く、と、

ありえないくらい近かった。


座ってる足を少し伸ばすと、マイクスタンドにぶつかってしまう。

カフェで向かい合って座ってるくらいの距離感に、マイクスタンドがある。


いやこりゃ無理だぞ?と思った

さすがにド緊張。

出て来て、さらに緊張。

慣れてきたかな、って思って顔を眺められるようになってきた、4曲目。

大好きな「声」を歌った。


息が止まって、体が動かなくなって、泣きそうになった。自分とその人しかいないような、向き合って弾き語りしてもらってるような、そんな感覚で。あ、ずっと好きでいて今が一番幸せな瞬間だ、と思った。


ほんとにほんとに至福の時間でした。ただ、緊張しすぎてドリンクを梅酒にしてしまい、尿意との戦いだった…。歌に集中したいのにずっと右手を左手でギュッとつねって耐えていた。皆がアンコールしてる間にいそいでトイレ行って、戻ってきたらもうアンコール登場しちゃってて、目の前通って席につくのがとても気まずかった…。



社会人になってから、そのバンド以外のライブも行くようになってて、ずっと好きだった他のバンドをさらに好きになったりしてた。最近はそのバンド以外も、「ライブあったら欠かせない!」みたいなのが増えてしまって、私は誰が一番好きなんだろう?って考えたりもしてた。

いや、本命をひとつにしなきゃいけないわけではないのだけど。でも大好きなひとが三人もいて、私って一体…って感じだった。


でもねやっぱり、変わらないです。


私はずっと久保さんの歌が 久保さんが 大好きすぎるんだろうなと思った日でした。


あーーーーー好きでよかった!

こんな幸せなことあるんだね!!!!

好きの対象が増えても、ひとつの好きは薄くなったりしないんだね!!!

ただ好きな人が増える分、好きだーーってなる回数が増えてしんどい!!!!!!!

しんどいけど好きだーーーー


田口担が綴る、今回の出来事。

トピック「KAT-TUN」について


今日までに起こったこと、感じたことを書いておきたいと思った。きっと自分のために。

 

まず私は田口担だ。KAT-TUNのことは、もはや「誰が好き」「何が好き」とかじゃなく、好きになってからの10年の全てがまるごと好きだと思ってる。だけど、私の担当はやっぱり田口だ。

どこから書こうかな、と考えた。田口が脱退を発表したあの日のことから?少し考えて、私は、4人になった時のことから書くことにした。

 

2013年10月

聖の脱退が発表された。意味がわからなかった。5人になった時のNMPもCHAINも、私は何回も聖の言葉に泣かされ救われてきた。あんなこと言ってくれた聖がなんで?ハイフン大好きな聖がなんで?ずっとKAT-TUNでいるって甘甘お砂糖ボイスで言ってた聖がなんで?何より私はでんでんが大好きだった。でんでんが見れなくなる、いや、見れなくなった。ほんとに戸惑った。

だけどその後のシューイチ等を見て、4人のKAT-TUNを目の当たりにして、あぁ4人でもKAT-TUNKAT-TUNなのだろうなと思った。5人でもKAT-TUNKAT-TUNだったのと同じように。

 

2013年12月30日

京セラに行った。最初に4人のKAT-TUNが出てきて、挨拶をした。こうなってしまったことへの謝罪でもあり、けじめでもあり、だけど前を向いた内容だったと思う。異例だった。いつでもかっこいいパフォーマンスを魅せるKAT-TUNがそれを選んだ。

この京セラがもう、すっごかった!!!

特に私はこのFIREandICEが大好きだ。ありえないくらいの無数の噴水、無数の炎。かっこよすぎか、KAT-TUN。しかもテンションぶち上がるしかない、過去からさかのぼるセトリ。私はKAT-TUNがわちゃわちゃしてれば世界は平和だと思ってるから、あの上田口がマイクスタンド取り合ったり爺孫がお尻ぶつけ合ったりカンチョーしたりしてる可愛さも最高だった。何より田口がくそほど盛れていた。

ほんとは、30日しか入らない予定だった。30日の公演を見たらすぐ夜行バスで帰る予定だった。

だけどテンションがぶち上がった私は京セラを出てすぐに「田口がかっこいいから明日も入る!!!!!夜行キャンセルしてくるわ!!!!!」と言い始め、本当に夜行バスをキャンセルしに行き、漫喫に泊まり、31日の公演にも入った。もうこの時のテンション最高に楽しかった。

 

31日に聖がツイッターを更新した。「たくさんありました。たくさん泣きました。たくさん笑いました。それでもやっぱりみんなが大好きで。感謝してて。」「迷惑かけるから直接的なことは言わなかったけど、どんなに離れていても、いくつになっても、CHAINです」

ビックカメラにいた私はそれを見てトイレに駆け込んでめちゃくちゃに泣いた。

だけど、「4人のKAT-TUN」もかっこいいことは明らかだったし、4人が前を向きたいのは分かってるし、4人が「けじめ」って言葉を使うたびに、私達も前を向かなきゃって思ってた。「4人のKAT-TUN」はメディアに立ったその瞬間からかっこよくて不満はなかった。不満になんて思えなかった。勝詣もめちゃくちゃに楽しかったしな!

 

そんなこんなで4人になってからは少プレの司会になり毎月最高すぎる姿を見せてくれ、タメ旅も始まりのちにレギュラー化して毎週かわいい姿を見せてくれ、もう今思うとちょーちょー幸せだった。なにこれ。幸せすぎてたねちょっと?終わり来ると思ってなかったんですけど???

come hereは横アリに入った。だけどKAT-TUNはドームに入ってなんぼの世界だ。普通いつもドームやってるグループがフォーラム横アリ代々木でやるなんて言われたら「やったー近い!」ってなるだろうけど、KAT-TUNはそういう世界に生きてはいない。東京ドームが似合う男たちであり、東京ドームを使いこなせる男たち。なぜかcome hereは横アリだけで満足してしまった。

 

quarterは2日とも入った。やっぱり東京ドームが似合う。東京ドームで見たいグループ。quarterはもう今までイチくらいに田口がかわいかった。公演中「田口あざとい!」しか言ってなかった。春夏秋冬で頬杖ついたりする田口が信じられないほどかわいくてあざとくて、もうもうもうもう、かわいかった。語彙力…。

だけど最終日(つっても2日目だけど)、田口が泣き出した。

えっ?はっ?ってなった。

いや確かにデビューツアーのオーラス前日に泣いちゃうような子だけど、9周年の今回で泣く?!

田口はアンコールになってもなんだか様子が違った。いつもはひたすらニコニコしててスーパー元気天使なのに、最後の最後までなんだか悲しそうというか、浮かないというか、晴れやかな顔をしていなかった。中丸が肩を組んでくれていた。

「ドームの景色に感極まったんじゃない?かわいいなあ」なんて声も聞いたけど、私はそうは見えなかった。そうだとしたら、もっと晴れやかな涙なはずだ。あんなずっと悲しそうな表情はしない。その日の終演後は「田口が泣いた…」ってそればっか言って、ひたすらTL眺めてた記憶がある。

でも田口脱退説なんてそんなの考えられないことだったし、いやいやそれはありえないっしょって思ってた。ちょうどその時中居くんの件もあり、身内に不幸があったのかな大丈夫かな…とか思ってた。

 

それからもKAT-TUNはタメ旅やら少プレやらでテレビ露出も多くて安定してたように思う。quarterで田口が泣いたことを心配する気持ちも薄れてきてて、あーやっぱ感極まっただけだったのかなあなんて思ってた。

そして、11月24日。

ベストアーティストすごい楽しみにしてて、かわいい女の子とかっこいい男の子ばっか出てるなにこれ至福!って思いながら見てた。KAT-TUNやっときたー!ってニヤニヤしてたら、なんかやたら神妙な顔つきをしてて、翔さんが大事な報告があるとか言って。

ちょっと、この瞬間のこと、思い出したくないんだけど。

田口が話し出したから、「KAT-TUNのこと」じゃなくて「田口のこと」なのはピンときた。「KAT-TUNのこと」だったら、きっと話すのは田口じゃないから。そこから震えが止まらなかった。なに、なにを言い出すの?絶対いい話じゃないよね、なに、なに。

 

え?

 

嘘でしょって思った。なんで?ってそればっかりだった。「え」「なんで」「意味わかんない」って無心でツイッターに打ち込んだ。この時も「KAT-TUNからの一言」を任されたかめが、今まで見たことないくらい震えていた。かめが震えてる、かめが震えてる、って私はなぜだかそればっかり考えてた。

そこから先はずっと涙こらえながらリビングでテレビを見続けた。エイトがドームツアーやるとか言ってるのを見て、メドレーで楽しそうなファンたちを見て、ほんとに辛かったのを覚えてる。

お風呂に入って一人になった瞬間涙がドバドバ出た。「むり、むり、むり、むり」って一人で呟きながらしゃがみ込んで泣いた。本当に意味がわからなかった。

田口が。アイドルが似合う田口が。アイドルを楽しんでた田口が。KAT-TUNが最初から今までずっと好きって言った田口が。まさかもう一人脱退者が出るなんて誰も想像してなかったし、自担が脱退する世界が来るなんて思ってもいなかった。

 

今までは赤西が脱退発表してすぐにNMP当日だったから「5人のKAT-TUN」が見れたし、聖が脱退発表してからもわりとすぐ「4人のKAT-TUN」が見れた。脱退発表した時には脱退していたから。だけど今回は、今すぐいなくなるわけじゃない。春までって何。それまで私どういう風に田口を見ればいいの、どういう風にKAT-TUNを見ればいいの。田口がいなくなる瞬間が近づいてくるのを、どういう気持ちで待てばいいの。

 

でも、それから3月までは、ほんと感情ジェッコースターだったけどただ悲しいだけの毎日ではなかった。

少プレは安定して最高すぎるしタメ旅はかわいいし、田口は愛されてるし、人数いじりも普通に笑えた。「てっぺんとりたい」「KAT-TUNでとれよ」とか「春カモン」とか、ああもう田口ほんとにお前は…!って思いながら、その期間はツライだけのものではなかった。

 

最後になるかもって思って、東京のカウコンに行った。私オレンジ色ってそんな好きじゃなくていつも担当カラー身につけたりしてなかったけど、この時はなんだか田口担らしくいたくて、私は田口担だ!って表していたくて、オレンジのリボンを買ってカバンにつけた。

田口は特に喋らなかった。脱退に関する具体的な言葉はなかった。新しい発表もなかった。あのカウコンはジャニヲタみんなのための楽しい空間だった。

でも4人のKAT-TUNが出てきた瞬間はどうしようもなく泣けた。周りにKAT-TUN担いなくて、私ひとり顔を覆って泣いた。10周年メドレーがあったのもほんとに嬉しかった。田口がいるうちで10周年を祝えるのはこれで終わりかもしれないって思うとめちゃくちゃつらかったけど。最後に微笑む田口がモニターに映って、「わ…!」っていう小さな歓声が上がった。それは脱退発表してからたまに見る表情で。私たちを安心させようとしているような、だけど絶対意思は変わらないんだと思わせられる、そんな表情。

 

Myojoの一万字には毎月泣かされた。何なら今このブログを書くためにチラーッと読み返しただけで泣いている。

田口の一万字は、揺るがない決意を感じた。あぁこれ、辞めるのやめてくれないやつだ。私達がどうあがいても変わらない決意を持ってやめることを選んだんだ。だけど同時に田口がKAT-TUNを大好きなことも、再確認した。私が思ってた田口だった。田口が思ってるKAT-TUNは、私が思ってるKAT-TUNと同じだった。だからこそ、こんなにKAT-TUNが好きなのになんで?って気持ちも改めて感じた。

「メンバーが誘ってくれるなら俺はよろこんで会いにいきます」って言葉で涙が止まらなかった。私は聖が脱退した時に中丸が言った「最後のお別れになってしまうかもしれないけど5人で集まって」って言葉が忘れられなくて、脱退するってそういうことだと分かるけど、でも、もう会えないなんて悲しすぎると思ってて。

中丸の一万字は、ただただつらかった。私は田口担であって田口がいなくなることを主に考えてしまいがちだったけど、残る三人の気持ちを考えるとほんとにつらかった。田口を責めたくはないのに、三人の気持ちを考えたら、やっぱり田口のバカヤローって思った。残される気持ち知ってるくせにほんとバカヤロー。

たちゃんの一万字もどうしようもなく泣けた。「10周年をみんなが楽しみに待っててくれてる。しかも俺たちの10年はただの10年じゃないだろ。どれだけのことを乗り越えてたどりついた10年だと思ってんだ」って言葉。ハイフンはみんなほんとに10周年を楽しみにしてた。デビュー日付近にコンサートあるだろうと思ってそこらへんのスケジュールは1年くらい前から空けていた。絶対あるでしょあるに決まってるでしょ。2013-14のカウコンでかめが「歴史を振り返るセットリストはやっちゃったから、10周年はリクエストかな」って言った時から、10周年ツアーが楽しみでしかなかった。何ならコンビナートツアーが震災の影響で中止になった5周年の時から楽しみにしていた。そういうの全部わかってくれてるんだなって思うとさらに泣けた。そして「人としてはキライになれない」って言葉。

そして、これまでの二人も質問されていた「10年後また会えるか」に、「10年と言わず、いつだって会えます」って答えていたこと。

かめの一万字は、泣かなかった。泣けなかった。泣いてたらいけないと思った。亀梨和也はやっぱり亀梨和也だと思った。(でものちに10ksパンフ読んで少し安心した。かめの本音はあっちに書かれていたと思う。弱音を吐かない亀梨和也の抱えるもののでかさってどれほどのものなんだろう)

 

そして少プレの終わりも近づいてきて、Mステは「これで最後だったりするのか?」「これが最後だよな」「えっ25日も出るの?!?!?!」の怒涛の出演ラッシュで。

話前後するけどここらへんで田口の脱退が三月いっぱいなことと、その後3人でツアーやることが発表され、「楽しみにしていた発表」と「覚悟していた発表」が同時にきて。あーやっぱり4人で最後のコンサートするなんてことは許されないのか、って微かな期待は消えて。私ほんとは、やっぱり、最後にコンサートやって終わってほしかったよ。お別れ会は似合わないの、わかっていたけど。だってまだまだ「見たい田口」がたくさんあった。東京カウコンじゃ全然足りなかった。アワスト歌われたらしんじゃうなぁとかそんな想像もしてた。「このままもう少しだけハイフン感じてたい」とか歌い始められたら泣くしかないなぁとか。ちゃんと見送りたかった。ちゃんとみんなが田口を大好きなこと、今も大好きなこと、これからも大好きなこと、直接届けたかった。ちゃんとバイバイしたかった。

そしてその数日後、充電期間に入ることを発表。

いやもうKAT-TUNなに?!?!ハイフンの気持ちどんだけ上下させるの?!?!何その高速ミキサー!!!!!どれだけ気持ちぐちゃぐちゃにさせちゃうの?!?!?!

 

最後のMステは、ずっと手をつねって口の中を噛んで耐えながら見た。

私たちが目にする田口の「最後の姿」だと思って、目に焼き付けたいけどつらかった。(まさか早々にSNSに姿をあらわすだなんてこの時は知らなかった)

なかなかKAT-TUNの出番が来なくて席の移動すらしてなくて、え、KAT-TUNいつ?え、待って、トリ?まだ時間めっちゃ余ってるけど?え?なに?って超緊張してた。

リアフェは立ち位置を変えずにいた4人が、終盤、曲の終わりが近づいてきた時、今までにないくらいぎゅっと近寄って歌った。

ウエダがマイクを持つ手を変えて、戻して、また変えて、田口の肩をグイッと引き寄せた。少し離れちゃっていた田口を、KAT-TUNに引き寄せた。

11月24日から最後の瞬間まで、揺るがなかった田口。揺らぐ姿を見せなかった田口。つらそうな顔を見せなかった田口。それほどの覚悟と決意でやめることを選択した田口。だけど、ウエダに引き寄せられた時、どうしようもなく弱い顔を見せた。

それでリアフェは終わって、田口が離れる姿は写らなくて、ただ三人が前に進んでユメユメが始まった。

ほんとにすごい演出だったと思う。

きれいだった。

田口が去るんじゃなくて三人が進んでた。

ずっとずっと考えるだけで悲しかった「お別れの時」がとうとう来たのに、今までで一番つらいシーンだったのに、私は、KAT-TUN最高だなと思えた。

たっちゃんが後ろを向いて、ついには泣いて、中丸はずっと表情殺してて、かめは一回悔しそうな顔をしたけどずっと亀梨和也であり続けていた。

最後の最後、田口はオレンジ色の花束をもらっていた。「泣いてんなよ(笑)」ってウエダに言った。それが最後の言葉ってなに!!

 

そして4月3日、名古屋。どうしたって、田口の姿が脳裏にちらついた。この曲のこのダンスでは絶対双眼鏡で田口見てたなぁとか、ここの田口かっこいいんだよなぁとか、ピーフルで体いっぱい使ってイニシャル表す田口がいないなぁとか。4Uは「皆さんあけおめ」って替え歌をしていた幸せだったあの日のことを思い出して泣いた。

だけどやっぱりKAT-TUNはかっこよかった。何人でもKAT-TUNKAT-TUNである限り、かっこいい。

語彙力なくて申し訳ないんだけど、最高が過ぎる。最強。ツヨイ。

普通に田口の話をする三人に、ああもうKAT-TUNってほんと!KAT-TUNってやつは!もう!と思った。

いなくなったことを無かったことにはしない。それを抱えて生きている。それは荷物とも思い出ともちがう。

 

4月29日は泣けなかった。まだ泣かないぞーって余裕な気分だった。

4月30日も泣かないぞと思いながらひたすら中丸を目で追って(恋)、でもかめが「亀梨和也赤西仁田口淳之介…」って言った途端ボロッて泣いた。

5月1日はもうだめだった。5分前に始まったKAT-TUNコール。ウエダの「最後の出航だー!」って言葉。中丸の「今日が何の日かわかってんのか?」や、最近やってなかったかめのパーフェクトでの「say!」も。

もうめちゃくちゃに楽しくて、終わってほしくなさすぎて、切なさも悲しさも寂しさもあるのに楽しさで詰まってて。客席の一体感もほんとに嬉しかった。ハイフンみんなあの瞬間に命注いでた。

最後の挨拶。ウエダの言葉から泣き始めるみんな。

かめが30日みたいに、だけどそれよりさらに大切そうに、6人の名前を言った。「K 亀梨和也。」って始めて、少し間をあけて「A 赤西仁」と続いた。どうしようもなく泣いた。みんなの嗚咽が響いた。

かめの挨拶が終わって、中丸がウエダをスッと抱きしめに行った。かめも加わって三人が抱き合って、かめが泣いてる中丸の頭ぽんぽんってして、おいKAT-TUN、そんな姿今まで見せなかったじゃんと思いながら泣いた。KAT-TUNは今まで強い姿ばっかり見せてくれていた。いつだって強かった。いつだって私たちはすぐに安心できた。

そんなKAT-TUNが、あの瞬間は、自分たち自身のためにメンバーと抱き合っていた。抱きつきたいから抱きついていた。ただただ今は離れたくないのが分かった。

それまではたっちと中丸が左右別々で階段のぼって捌けていて、中丸はそっちに向かっていこうとしたんだけど、その瞬間かめが中丸の手首を引っ張って、同じ階段をのぼらせた。

今日はこっち、って。グイッて手を引いて、一緒に来させた。

もーーーーーーーこんな最高な瞬間ある?こんな泣ける光景ある?こんな愛しすぎるKAT-TUNある????!

それで中丸ももっと泣いちゃって、たちゃんも泣きながら優しく2人を見てて、中丸またハグ求めてかめが笑ってまた3人でハグしてさ???かめのあの、「あはは、えー?!もー(笑)」って顔な!!!!!!!!末っ子に手を引かれて泣きながら階段のぼる中丸雄一な!!!!!!!

アンコールは、みんながKAT-TUNを求めてた。揃えるとかそういう問題じゃなく、ただひたすらKAT-TUNが大好きで、大好きな名前を呼んでいた。

「笑えー!」って出てきたKAT-TUN。でっかいフロートに一人で乗るかめを見て、あーもうかめを一人にしないでよ田口のばか!って少し思った。ほんとかめを一人にしないでくれ。もうほんとかめに幸あれ。

プレワンは、始まるまでに間があって。かめからウエダに飲み物が渡って、それを中丸が受け取って飲んで。え、ちょ!回し…!って思いつつも、キャー回し飲み!ってなるような呑気な時間ではなかった。なんだったんだろうあれ。見守るヲタク達。

ウエダが「俺はお前らとKAT-TUNが大好きだー!!!」って叫んだのも泣けた。その後中丸も続いて、かめも言ってくれて。

トリプルアンコは、リアフェだった。その後「じゃあほんとに今日は…」って終わらせそうになるKAT-TUNに、もう1回!もう1回!って駄々をこねたハイフン。そう言われるの分かってたくせに、「もー(笑)」って顔して作戦会議始めるKAT-TUN。愛しさしかない!!!!!!!困らせんなよーって言いながらくっそ優しい顔してさあ!!!!!!

そしてピーフル。あんな幸せなことある?みんなみんな、ありったけの愛情込めて大好きなイニシャルを叫んだ。大好きなイニシャル、大好きだったイニシャル、今でも大好きなイニシャル6つ。

すっっっっごい満足感と幸福感で終わった。

寂しさや悲しさ、虚無感でいっぱいになるかと思ってた。しばらくKAT-TUNのDVD見れないかもとか思ってた。そんな心配なさすぎた。今すごい見たいもん!6人も5人も4人も3人も!!!全部全部まるごと大好きだ。

 

KAT-TUNはいつだってかっこいい。

いつだってライブに行けば安心できる。

KAT-TUNは大丈夫だって思える。

今までいろいろあったけどずっとそうだった。

 

ほんとに大好きすぎる。5月1日東京ドーム、あの日の景色や言葉を覚えていればやっていける。充電期間もきっと大丈夫。

「充電明けの東京ドーム」っていう1.2年後の楽しみがもうあるんだよ?そんな先の楽しみがあるなんてうちら一周回って幸せ者じゃない?とすら思う。

こんな前向きな気持ちで充電期間を迎えられるだなんて。KAT-TUNだからできたことだよなあ。

ほんとにまるごと好きだと思う。

だけど、だけど、2年近く経っても音沙汰なかったらちょっと待ちきれないからな?なるべく早く…って言っちゃだめだなって思うような覚悟を持って充電期間に入るのは分かったけど、でも、やっぱり。

めちゃくちゃ電気送ってやるから早めに満タンにしてまたあの場所に立ってね。

 

本当に、KAT-TUNを好きでよかった。